SS夏服と野球少年・アオアラシ-6
さてさて「アオアラシ」の続きです。
励ましのお言葉をくださったあなた様、本当にありがとうございます!
見守ってくださる方がおられるのは、ホントにホントに、ありがたいことですね。
…感涙。
今回はあんまり、山も獄も出てきませんが、チラとでも楽しんでいただけたら幸せです。
※「野球やってる山本がみたい!」が発端ですが、オリジな人が出張ってるお話です。
※前後関係は、タグ「夏服と~」をクリックでどうぞ。
夏服と野球少年・アオアラシ-6
●
抽選会の日曜は、雨だった。
俺は少し緊張していた。
県名を冠せられた会場。
年末には第九なんかのコンサートをやるようなホール。
校名の札を手に、檀上で抽選クジをひく主将たちの列に並んだ。
番号どおりに対戦相手が決まっていく。
なんの難しいことはない、今までにも見た光景だ。
春にも、秋にも、同じような抽選クジを引いたのだけど。
今こうして、自分がその役目にあるのが、なんとも不思議な気がする。
夏の大会は、どうしたって特別だ。
どこにいたって、何歳になったって、野球はできるけれど。
これが、俺にとって最後の大会になる。
そんなことを考えてしまうのは、この間、獄寺に言われたせいだ。
----最後のチャンス、か。
全国と名がついて、高校野球という名がついて、そこに選手として立つための----そう考えると、重みが、まるで違う。
俺は無事、役目を終えた。
番号と校名が読み上げられて、札が180近い枠のひとつにはめ込まれる。
階段を席へ戻りながら、並んだチームメイトの顔を見た。
一年生が入ったこの軍団で挑む、最初で最後の大会。
山本の言葉が頭をめぐる。
----どこまでいきたい?
●
「明日、抽選会だよな?」
赤木さんがやってきたのは、俺が自宅に着いて、しばらくしてからだった。
「はあ、そっスけど」
スーパーのビニール袋をガサガサ鳴らし、パック詰めのミンチやらタマネギやらをキッチンに取り出しながら、彼は言った。
父から渡された食費の中から、俺が渡している金額で、先輩は食材を買ってくる。
同じような金額なのに、俺なら買わないようなものが次々出てくるのを見ると、料理っていうのが作る側に結構なエネルギーを使わせるようなモンだと思ってしまう。
…俺には、できそうにない。
「気になりますか?」
「気になるっつうか」
シンク下から引っ張り出したボウルを洗いなおし、作業スペースに置いた。
金属がぶつかる、ガンッて音。
「初戦の相手が判るのって、楽しみじゃんか?」
…去年は、一戦目で負けた。
初戦敗退は、俺にとってそれほど強烈な記憶じゃない。
高校二年生の夏、記憶に残っている試合は別にある。
開幕直前の練習試合。
レギュラーでも、ましてピッチャーでもない山本を強引にマウンドに登らせて、ミットに速球を受けたあの2イニング。
俺も正式なキャッチャーじゃなかった。
あの頃は、チームに蔓延していたダラダラしたムードに苛立っていた。
そして、見せつけてやりたいと思っていた。
…真剣に、正面きって"ちゃんとやる"ってのが、どういうことなのか。
それは、今だから解ることなんだけど。
その頃の俺が本当に、思ってたようにできてたかどうかは、判らないけど。
赤木さんの代の、引退が決まったとき、俺は悲しくもなんともなかった。
ただ、なんとなく、始まった、と感じたのを覚えている。
あの頃、俺はやっと集団から抜け出る気になったんだと思う。
「まあ、お前は去年、全然悔しそうじゃなかったもんなあ」
赤木さんはタマネギの皮を剥きながら笑った。
まな板と包丁を用意しながら、手伝います、と返した。
…この人は、悔しかったんだろうか。
故障して部活を辞めたんだと、佐々木から聞いたのは、引退した後だ。
初戦の後、ベンチにいた彼が、どんな顔をしていたのかは、覚えていない。
●
トーナメント表は、一校ずつ埋っていった。
俺が引いた番号は、シード枠だ。
クジ運で引き当てたわけじゃない。
実力でとった枠だった。
倉山の代の1年間、大会に出りゃ初戦で負けてた。
そんな弱小チームが3カ月前の春大じゃベスト8に入って、シードはその結果だ。
俺たちは、かなり頑張った。
それでも、ここから優勝までは、遠い。
けれど、見えない距離じゃない。
前なら感じなかった焦りが、胃の底の方に溜まって、くすぶっている。
1年前のままなら、こんな風には感じなかっただろう。
優勝なんて、そして甲子園でプレーするなんて、遠く別世界で選ばれた誰かのものだと、思ったままなら。
初戦の相手枠に、公立校の名前が入った。
前を睨んだままの俺を、長岡が指先でつついてくる。
「勝ち進めば、去年のリベンジができるな」
言われてからトーナメント表を目で追う。
3つ隣の校名に、ハッキリと覚えがある。
去年の夏大で、倉山達が負けた対戦校だった。
俺らが初戦突破して、彼らが勝ち進めば、3回戦であたる。
●
タマネギをみじん切りしながら、ハンバーグですか?と尋ねると、ギョウザのつもりだった、とまた笑われた。
「悔しいっていえばさ」
冷蔵庫にしまわれたギョウザの皮は、次回までそのまんまだろう。
「あんときは、さすがの松田も悔しそうだったよな」
代わりに玉子を取り出した赤木さんは、きっと、俺よりウチの冷蔵庫事情に詳しいに違いない。
「いつだっけ、満身創痍の時」
タマネギの匂いに目をクシャクシャにさせながら、すこし苦いものを飲み込んだ。
「…秋の3回戦スよ」
その試合のせいで、俺らのチームには残念な枕詞がつけられて、ちょっとだけ有名になった。
代替わりして初の公式戦。
エースの長岡も、控えの佐々木も、怪我のせいでベンチから始めるしかなかった。
投手がいない、ひどいスタートだった。
棄権するよりマシ、と、鹿島、滝本、山本で継投させた。
球筋を捕まえられる前に、何度も交代させたからか、試合展開はもつれにもつれて、9回の表。
我慢できなくなった佐々木が、マウンドに上がった。
その1年の顔は、その夜ローカル局のテレビ画面に、デカデカと映った。
一秒たらずだったが。
腫れがひいた目元に黒々と浮かんだ内出血のアザ。
口の端にはでかい絆創膏。
手に巻かれたテーピングは汗と泥で黒ずんでいた。
ベンチにいる長岡が次のコマに映されて、実況アナウンスの声が、なんとも不名誉な枕詞が校名の前につけられたことを知った。
まるでチームの体現するかのような。
満身創痍、----
ギリギリの状態で相手を抑えた佐々木の姿は、よほど衝撃的だったのか、俺は試合後にインタビューまで受けた。
「継投は苦肉の策だった?」
「4回戦にはエースは復帰できるのかな?」
言われた言葉は思えているが、なんと答えたかは覚えていない。
俺のインタビューが使われたのは数秒で、画面に映った"軍団長"は予想以上に険しい表情をしていた。
9回の裏で、逆転勝ちをもぎ獲ったというのに。
「劇的な逆転でしたね」
「逆転のホームベースを踏んだ時の気持ちは」
マイクを向けられた俺は、ぶっきらぼうに「総力戦でした」と答えていた。
湯気のようなものをたち上げるフライパンを、途中で俺に押しつけて、ホウレンソウを洗いながら、赤木さんは笑った。
「勝ったんだからさ、もっと嬉しそうに話せよな」
「いま言われても、困りますよ」
俺はタマネギを炒めながら、笑っている先輩の横顔を見た。
まだ笑えなかった。
思い出せば、今でも悔しい。
あの試合、 同点ツーアウトの場面で、三塁にいた俺を帰してくれたのは。
山本だった。
●
会場を出たら、まだ雨が降り続いていた。
この間からずっとこんな天気だ。
「今日の練習、どうする?」
尋ねてきたのは宇津木だった。
「しばらく、ちゃんとできてないよな。筋トレばっかだ」
「こう雨が多いとなあ」
もっと守備や打撃の練習に時間を割きたいが、グラウンドが使えないとできることは限られる。
人間は天候には勝てない。
今日もこの雨のせいで、部員のほとんどは駅から歩いて来ている。
「学校行くのも一苦労だぞ」
「なまっちまいますよ」
山本が伸びをしながら言った。
「投げてえよ」
つられたように長岡も伸びをする。
…投げさせてやりたい。
スパン、と俺のミットに飛び込んでくる、長岡の、いい球を受けたい。
そう思う。
勝って、勝ち進んで、一球でも多く。
ふと。
去年、先輩たちもそんなことを考えたのか、と思った。
少なくとも、うちにメシを作りに来てるあの人には、もうすっかり過去のことのようだった。
そうでなくちゃ、あんな風に笑えないだろう。
●
continue?
※memo※
つながっているお話たち。お暇なときにでも、どうぞ。
(読み返すと恥ずかしい気持ちになれます、私)
開幕直前の練習試合…
夏服と野球少年2
投手がいない3回戦…
夏服と野球少年6
松田と長岡のバッテリー…
夏服と野球少年4
「勝てるヒッチャーにしてやる、俺が」とか言ってました。
読み返すと、松田が●モで、長岡を気にしていて、ベニさんに対して素気なくて、初めから山獄を"疑ってる"ことなんかが…わかったりわからなかったり(あかんやん!)。
励ましのお言葉をくださったあなた様、本当にありがとうございます!
見守ってくださる方がおられるのは、ホントにホントに、ありがたいことですね。
…感涙。
今回はあんまり、山も獄も出てきませんが、チラとでも楽しんでいただけたら幸せです。
※「野球やってる山本がみたい!」が発端ですが、オリジな人が出張ってるお話です。
※前後関係は、タグ「夏服と~」をクリックでどうぞ。
夏服と野球少年・アオアラシ-6
●
抽選会の日曜は、雨だった。
俺は少し緊張していた。
県名を冠せられた会場。
年末には第九なんかのコンサートをやるようなホール。
校名の札を手に、檀上で抽選クジをひく主将たちの列に並んだ。
番号どおりに対戦相手が決まっていく。
なんの難しいことはない、今までにも見た光景だ。
春にも、秋にも、同じような抽選クジを引いたのだけど。
今こうして、自分がその役目にあるのが、なんとも不思議な気がする。
夏の大会は、どうしたって特別だ。
どこにいたって、何歳になったって、野球はできるけれど。
これが、俺にとって最後の大会になる。
そんなことを考えてしまうのは、この間、獄寺に言われたせいだ。
----最後のチャンス、か。
全国と名がついて、高校野球という名がついて、そこに選手として立つための----そう考えると、重みが、まるで違う。
俺は無事、役目を終えた。
番号と校名が読み上げられて、札が180近い枠のひとつにはめ込まれる。
階段を席へ戻りながら、並んだチームメイトの顔を見た。
一年生が入ったこの軍団で挑む、最初で最後の大会。
山本の言葉が頭をめぐる。
----どこまでいきたい?
●
「明日、抽選会だよな?」
赤木さんがやってきたのは、俺が自宅に着いて、しばらくしてからだった。
「はあ、そっスけど」
スーパーのビニール袋をガサガサ鳴らし、パック詰めのミンチやらタマネギやらをキッチンに取り出しながら、彼は言った。
父から渡された食費の中から、俺が渡している金額で、先輩は食材を買ってくる。
同じような金額なのに、俺なら買わないようなものが次々出てくるのを見ると、料理っていうのが作る側に結構なエネルギーを使わせるようなモンだと思ってしまう。
…俺には、できそうにない。
「気になりますか?」
「気になるっつうか」
シンク下から引っ張り出したボウルを洗いなおし、作業スペースに置いた。
金属がぶつかる、ガンッて音。
「初戦の相手が判るのって、楽しみじゃんか?」
…去年は、一戦目で負けた。
初戦敗退は、俺にとってそれほど強烈な記憶じゃない。
高校二年生の夏、記憶に残っている試合は別にある。
開幕直前の練習試合。
レギュラーでも、ましてピッチャーでもない山本を強引にマウンドに登らせて、ミットに速球を受けたあの2イニング。
俺も正式なキャッチャーじゃなかった。
あの頃は、チームに蔓延していたダラダラしたムードに苛立っていた。
そして、見せつけてやりたいと思っていた。
…真剣に、正面きって"ちゃんとやる"ってのが、どういうことなのか。
それは、今だから解ることなんだけど。
その頃の俺が本当に、思ってたようにできてたかどうかは、判らないけど。
赤木さんの代の、引退が決まったとき、俺は悲しくもなんともなかった。
ただ、なんとなく、始まった、と感じたのを覚えている。
あの頃、俺はやっと集団から抜け出る気になったんだと思う。
「まあ、お前は去年、全然悔しそうじゃなかったもんなあ」
赤木さんはタマネギの皮を剥きながら笑った。
まな板と包丁を用意しながら、手伝います、と返した。
…この人は、悔しかったんだろうか。
故障して部活を辞めたんだと、佐々木から聞いたのは、引退した後だ。
初戦の後、ベンチにいた彼が、どんな顔をしていたのかは、覚えていない。
●
トーナメント表は、一校ずつ埋っていった。
俺が引いた番号は、シード枠だ。
クジ運で引き当てたわけじゃない。
実力でとった枠だった。
倉山の代の1年間、大会に出りゃ初戦で負けてた。
そんな弱小チームが3カ月前の春大じゃベスト8に入って、シードはその結果だ。
俺たちは、かなり頑張った。
それでも、ここから優勝までは、遠い。
けれど、見えない距離じゃない。
前なら感じなかった焦りが、胃の底の方に溜まって、くすぶっている。
1年前のままなら、こんな風には感じなかっただろう。
優勝なんて、そして甲子園でプレーするなんて、遠く別世界で選ばれた誰かのものだと、思ったままなら。
初戦の相手枠に、公立校の名前が入った。
前を睨んだままの俺を、長岡が指先でつついてくる。
「勝ち進めば、去年のリベンジができるな」
言われてからトーナメント表を目で追う。
3つ隣の校名に、ハッキリと覚えがある。
去年の夏大で、倉山達が負けた対戦校だった。
俺らが初戦突破して、彼らが勝ち進めば、3回戦であたる。
●
タマネギをみじん切りしながら、ハンバーグですか?と尋ねると、ギョウザのつもりだった、とまた笑われた。
「悔しいっていえばさ」
冷蔵庫にしまわれたギョウザの皮は、次回までそのまんまだろう。
「あんときは、さすがの松田も悔しそうだったよな」
代わりに玉子を取り出した赤木さんは、きっと、俺よりウチの冷蔵庫事情に詳しいに違いない。
「いつだっけ、満身創痍の時」
タマネギの匂いに目をクシャクシャにさせながら、すこし苦いものを飲み込んだ。
「…秋の3回戦スよ」
その試合のせいで、俺らのチームには残念な枕詞がつけられて、ちょっとだけ有名になった。
代替わりして初の公式戦。
エースの長岡も、控えの佐々木も、怪我のせいでベンチから始めるしかなかった。
投手がいない、ひどいスタートだった。
棄権するよりマシ、と、鹿島、滝本、山本で継投させた。
球筋を捕まえられる前に、何度も交代させたからか、試合展開はもつれにもつれて、9回の表。
我慢できなくなった佐々木が、マウンドに上がった。
その1年の顔は、その夜ローカル局のテレビ画面に、デカデカと映った。
一秒たらずだったが。
腫れがひいた目元に黒々と浮かんだ内出血のアザ。
口の端にはでかい絆創膏。
手に巻かれたテーピングは汗と泥で黒ずんでいた。
ベンチにいる長岡が次のコマに映されて、実況アナウンスの声が、なんとも不名誉な枕詞が校名の前につけられたことを知った。
まるでチームの体現するかのような。
満身創痍、----
ギリギリの状態で相手を抑えた佐々木の姿は、よほど衝撃的だったのか、俺は試合後にインタビューまで受けた。
「継投は苦肉の策だった?」
「4回戦にはエースは復帰できるのかな?」
言われた言葉は思えているが、なんと答えたかは覚えていない。
俺のインタビューが使われたのは数秒で、画面に映った"軍団長"は予想以上に険しい表情をしていた。
9回の裏で、逆転勝ちをもぎ獲ったというのに。
「劇的な逆転でしたね」
「逆転のホームベースを踏んだ時の気持ちは」
マイクを向けられた俺は、ぶっきらぼうに「総力戦でした」と答えていた。
湯気のようなものをたち上げるフライパンを、途中で俺に押しつけて、ホウレンソウを洗いながら、赤木さんは笑った。
「勝ったんだからさ、もっと嬉しそうに話せよな」
「いま言われても、困りますよ」
俺はタマネギを炒めながら、笑っている先輩の横顔を見た。
まだ笑えなかった。
思い出せば、今でも悔しい。
あの試合、 同点ツーアウトの場面で、三塁にいた俺を帰してくれたのは。
山本だった。
●
会場を出たら、まだ雨が降り続いていた。
この間からずっとこんな天気だ。
「今日の練習、どうする?」
尋ねてきたのは宇津木だった。
「しばらく、ちゃんとできてないよな。筋トレばっかだ」
「こう雨が多いとなあ」
もっと守備や打撃の練習に時間を割きたいが、グラウンドが使えないとできることは限られる。
人間は天候には勝てない。
今日もこの雨のせいで、部員のほとんどは駅から歩いて来ている。
「学校行くのも一苦労だぞ」
「なまっちまいますよ」
山本が伸びをしながら言った。
「投げてえよ」
つられたように長岡も伸びをする。
…投げさせてやりたい。
スパン、と俺のミットに飛び込んでくる、長岡の、いい球を受けたい。
そう思う。
勝って、勝ち進んで、一球でも多く。
ふと。
去年、先輩たちもそんなことを考えたのか、と思った。
少なくとも、うちにメシを作りに来てるあの人には、もうすっかり過去のことのようだった。
そうでなくちゃ、あんな風に笑えないだろう。
●
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(読み返すと恥ずかしい気持ちになれます、私)
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